石見神楽&島根県情報をのんびり書いて行きますので、よろぴくね♪
 歴史人物あの人のその後
2007年04月19日 (木) | 編集 |
20070414235618.jpg


いや、いや、いや…図書館は面白いですなぁ〜♪
本がいっぱいで、ワクワクします…って、最近、読む時間がないけど…。
なんせ、無料だし、家にあっても返すから、邪魔にならない!


石見神楽に関係ある人物で、何か書いてないかと見ましたら、
やっぱり、この人!菅原道真!後は、見つかりませんでした…多分。
(他は聖徳太子とか、勝海舟とか、阿部定とか…)


追われるように都を後にした菅原道真…。
どんな日々を過ごしたのでしょうか?




名目は左遷でも、実際は配流も同然。
従者も無く、途中の食料、駅場の支給も無い。
蹄の傷んだ馬や、尾の壊れた船の惨めな旅でした。

やっとたどり着いた大宰府は、
建物は朽ち果て、井戸も埋もれて、垣根も破れている悲惨な状況。
何よりの悲しみは、妻と七男五女の家族がバラバラにされたことでした。
道真は、大宰府で、都を懐かしむ歌や、怨念のこもった詩を作り続けました。
愛した都と天皇の慕う歌を、詠んでは、都に送りましたが、何の音沙汰も無く、
失意の中、左遷2年目に、59歳の生涯を閉じました。

道真の死後、都では凶事が続き、雷の被害が多かったので、
人々は、道真の霊が雷神になったと信じていたようです。



何とも、悲しい生涯…
石見神楽では、時平を道真が退治する『天神』という演目がありますが、
実際は、淋しく余生を送っていたのですね。

私が以前書いた「Yareの新説・天神」とは、全く逆の状態でしたね(^^;)
まぁ、新説の中だけでも、道真に、いい思いをしてもらいましょう♪
前に書いた天神の話 ⇒ 【 Yareの新説・天神 】

コメント
この記事へのコメント
『天神』って、もともと 道真の霊を鎮めるためのものだったんじゃなかったっけ?・・違った?・・イマイチ知識に乏しく・・(^^;

しかし・・・阿部定って・・・・ …( ̄O ̄;)
2007/04/19(木) 18:40:21 | URL | naomaki #nLnvUwLc[ 編集]
(^^)
そうなんだろうねぇ。
後から、道真の霊を弔うために創られた演目なんでしょうね。…よく知らんけど(^^;)
まあ、後で匿さんが登場して、解説してくれることでしょう(^^)
2007/04/20(金) 06:25:59 | URL | Yarenoo #VEIOABK.[ 編集]
ガリ勉クンのカキコ
 いやはや、高校の頃からガリ勉で。
 社会に出てからも、ひたすらガリ勉。
 ところで、菅原道真のお父さん、京の都から、出雲の国庁に来ていた国の役人だったらしい。(名は、菅原是善(これよし)と言ったらしい)
 あるとき、島根県八束郡、いや、ちがった、島根県松江市宍道町にやってきて(単身赴任だったんだろうか?)。
 あらっ、まぁっ、宍道町というか宍道村のきれいな娘さんに、ひとめぼれ。で、松江市の竹矢町あたりから、宍道町辺りまで、通われたという。(宍道町は玉造温泉より西だから、松江市の竹矢町からなら18キロはある。馬で通ったんだろうか?)。そんなわけで、ふたりのあいだに、菅原道真が生まれた、ということです。めでたし、めでたし。
2007/04/20(金) 09:11:59 | URL | シンジ #iHsPI8ow[ 編集]
おやおや(^^)
これは、シンジさんの登場ですね!
これはまた、トリビアなお話ですね。
2007/04/22(日) 20:39:40 | URL | Yarenoo #VEIOABK.[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
コメント:
パスワード:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する