石見神楽&島根県情報をのんびり書いて行きますので、よろぴくね♪
 浅原才市
2006年12月05日 (火) | 編集 |
昨日、話が出たんで、ついでと言っちゃあなんですが、紹介しておきましょう(^^)

img_06_l.jpg
左の建物「長命館」のところにある電柱あたりの駐車場に、
肖像画に角を描き加えさせたという話に基づき、角がはえている浅原才市の像があります。


浅原才市 (あさはら さいち)

昭和の妙好人(みょうこうにん)と言われた浅原才市。
妙好人とは、信仰心のあつい念仏の行者を称賛していう言葉だそうです。

嘉永3年(1850年)温泉津町小浜に生まれました。
才市は、11歳で大工の弟子として奉公に入り、20歳の頃、江津の和木で船大工に…。
そして、25歳になった時、温泉津へ帰り、本町小浜に家を持ちました。

才市が45歳の時、父が82歳で亡くなり、それをきっかけに、深い信仰心が燃え上がり、
60歳を過ぎてから、この世の絶対のまことの心が、自分の心を温かく包んでくれるという
感動が湧き上がり、自然と「南無阿弥陀仏」と口からあふれ出るようになりました。
心から湧き上がる法悦をカンナ屑や下駄の木切れに書きとめ、夜になるとそれを清書。

【浅原才市の歌】←ココをクリック!


才市は、昭和7年(1932年)83歳で亡くなりましたが、
戦後、『日本的霊性』の代表者として世界宗教哲学会議に紹介され、一躍有名に…。


才市を育てたのは、小浜にある安楽寺10世の住職・梅田謙敬さんです。
(明治2年生まれ。〜昭和10年に70歳で逝去)
この方の確か孫にあたる男性は、江津高校で先生をやっていました!
父と同級生(?)だったような…お顔は、よく覚えています(^^)
少し強面な感じ(?)だけど、とっても優しい先生でした!
安楽寺には、才市を偲ぶ、遺品館が作られているそうです。


才市の肖像画が残されていて、どうして人間なのに、角が生えているのかというと…
才市いわく
『あまり皆さんが、私をよくお寺に参るというでな、わしが寺に参るのは、
 鬼が寺に参るのだということを見てもらいます。 
 温泉津の画工さんに頼んで鬼が仏さんを拝んどる絵をかいてもらました。』



20061205163158.jpg



おまけ!
昨日、赤頭巾さんが見つけてくれ、コメント欄で紹介してくれたサイト
【日経トレンディ】【日経トレンディ2】←ココ