
左の建物「長命館」のところにある電柱あたりの駐車場に、
肖像画に角を描き加えさせたという話に基づき、角がはえている浅原才市の像があります。
浅原才市 (あさはら さいち)
昭和の妙好人(みょうこうにん)と言われた浅原才市。
妙好人とは、信仰心のあつい念仏の行者を称賛していう言葉だそうです。
嘉永3年(1850年)温泉津町小浜に生まれました。
才市は、11歳で大工の弟子として奉公に入り、20歳の頃、江津の和木で船大工に…。
そして、25歳になった時、温泉津へ帰り、本町小浜に家を持ちました。
才市が45歳の時、父が82歳で亡くなり、それをきっかけに、深い信仰心が燃え上がり、
60歳を過ぎてから、この世の絶対のまことの心が、自分の心を温かく包んでくれるという
感動が湧き上がり、自然と「南無阿弥陀仏」と口からあふれ出るようになりました。
心から湧き上がる法悦をカンナ屑や下駄の木切れに書きとめ、夜になるとそれを清書。
【浅原才市の歌】←ココをクリック!
才市は、昭和7年(1932年)83歳で亡くなりましたが、
戦後、『日本的霊性』の代表者として世界宗教哲学会議に紹介され、一躍有名に…。
才市を育てたのは、小浜にある安楽寺10世の住職・梅田謙敬さんです。
(明治2年生まれ。〜昭和10年に70歳で逝去)
この方の確か孫にあたる男性は、江津高校で先生をやっていました!
父と同級生(?)だったような…お顔は、よく覚えています(^^)
少し強面な感じ(?)だけど、とっても優しい先生でした!
安楽寺には、才市を偲ぶ、遺品館が作られているそうです。
才市の肖像画が残されていて、どうして人間なのに、角が生えているのかというと…
才市いわく
『あまり皆さんが、私をよくお寺に参るというでな、わしが寺に参るのは、
鬼が寺に参るのだということを見てもらいます。
温泉津の画工さんに頼んで鬼が仏さんを拝んどる絵をかいてもらました。』

おまけ!
昨日、赤頭巾さんが見つけてくれ、コメント欄で紹介してくれたサイト
【日経トレンディ】と【日経トレンディ2】←ココ

私も今の年齢なら植木市は非常に興味がありますわぁ。
さんのあの公演は、去年の盆にYarenooにぎわう龍御前神社ヘ(^o^ヘ)(/^o^)/ヘ(^o^ヘ)(/^o^)/(^^)b特に般若はね♪温泉津舞子連中のK林さんの般若のテンションはスゴイですよん。
まだ結成されて10年過ぎた新しい社中ですが、地元だから余計に応援しちゃうのだ。
今は、新しい面が出Yarenooおおだ彼岸市オット!今、コメして戻ったら新しく更新してた。
大田市の彼岸市もいいね〜。
見てて「行って見ようかな?」と思ったら昨年のだったのね。
広島の神楽も見てみたかったので・・ヤンチャ子にぎわう龍御前神社ヘ(^o^ヘ)(/^o^)/ヘ(^o^ヘ)(/^o^)/ホントだ携帯では見てるんだけどPCを中々開かなくて今、やっと見ました。
同じ「塵輪」でも社中によって夫々に味があって舞い方が違うから面白いね。
何処でも「餌食」になる子ヤンチャ子初めて見たよ♪「神祇太鼓」(^^)そうですかヤンチャ子さん、今日は「プレ海神楽」の塵輪をアップしました。
本家の海神楽(16日)は、動画などは映しておりませんの…ゴメリンコ。
ブレブレの写真だけ少し写してYarenoo初めて見たよ♪「神祇太鼓」私も、『神祇太鼓』見たこと有りません。
ここで初めて拝見しました。有難う(m。_ _)
「海神楽」又他のも見せて下さいな。
yareさんも実家に帰っても殆ど神楽三昧で良ヤンチャ子佐野神楽社中「有明」オンリー(・・。)ゞ(^^)ほいほいコメント非公開のお方…おっしゃるとおりでございます(秘)
重松さん、カメラ目線だとドキドキして余計にブレちゃうかも(#^^#)キャッ
やっぱり画像で写すより、生・重松(Yarenoo歌と太鼓と神楽の競演会ホカク (* ̄∀ ̄)----C<o≧ロ≦)o )))) ズリズリ佐野社中さんは、オリジナル演目も特に評判いいから、あちこちで引っ張りだこね♪
男前も多いからねぇ(^^)うらやましい。
また温泉津舞子連中と共演することがありまYarenoo